【講演】次世代画像入力・ビジョンシステム部会見学会 2014年9月22日

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画像技術関連企業によって構成されている次世代画像入力・ビジョンシステム部会の見学会が、プリントシール機メーカーのフリュー株式会社にて開催されました。私は、開催に向けた準備に携わり、当日は『シンデレラ・テクノロジー』をテーマに講演させていただきました。

日時:2014年9月22日13:00-17:30
場所:フリュー株式会社 本社

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世界に日本の「プリクラ文化」を伝えるブロガー サマンサさん

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 プリクラブログ「No Puri No Life!」は、日本のプリクラに関して、英語で詳細に伝える唯一のメディアです。著者は、ハンドルネームを「Purigal」という、日本在住約10年のイギリス人のサマンサ(Samantha)さん。「No Puri No Life!」には、日本やイギリスの他、アジア各国、アメリカ、ドイツ、スウェーデン、アルゼンチンなど世界各地から、1日100件以上のアクセスがあると言います。彼女のブログを読んでプリクラを知り、日本への旅行に行きたいと望んでいる人も多くいます。日本にやってきた外国人観光客から、「プリクラはどこに行ったらあるのか」という質問が来ることも多くあります。
 私は日本には古くから「変身」の文化があり、「プリクラ」は、それを引き継ぐ象徴的な、現代の技術だと考えています。そのプリクラが、世界の人からはどのように見えているのかを知りたくて、今回彼女のもとを訪ねました。そして彼女との話を通して、日本の「変身」の文化、また「カワイイ」の文化の、世界における特殊性、逆に普遍性も発見することができました。今回はその内容を報告します。

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プリクラブロガー サマンサさん

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女子高生を惹きつけるプリクラの技術経営 ~第4回イノベーションにモードを取り入れる

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 1995年に誕生し、17年以上もの間、その時々の女子高生から支持され続けてきたプリクラ機。プリクラ機の中核にあるのは、ユーザの理想とするイメージを作る「技術」。プリクラメーカーはどのようにして、女子高生の理想を「技術」に変えてきたのか?プリクラメーカーでトップシェアを持つフリュー株式会社への取材から明らかになったことを中心に、全4回にわたってお送りしている。

 


 

第4回は、プリクラメーカートップシェアのフリュー株式会社で、プリクラ事業を統括する新本祐一氏へのインタビューを中心に紹介する。「技術」を普及させるため、「ファッション」のモードの手法が取り入れられていることが特徴的である。

 

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フリュー株式会社
常務取締役/業務用ゲーム事業部事業部長
新本祐一氏

 


 

■ 技術の新しい“モード”を作る

第3回では、フリューがグループインタビューなどで呼ぶのは、平均的な女子高生というよりも、「プリクラハッカー」と呼べるほど、プリクラの内部まで知り尽くすような、いくらか偏った女子高生であることを紹介した。全国の隅々まで設置されるプリクラのマーケットを知るために、平均的な女性の調査をしなくて良いのだろうか?そのヒントとなりそうな発言を、新本氏から聞いた。

「109よりも、パリコレのようなやり方ができないかと考えている」

これは、マーケットに合わせて、時間刻みでショーウィンドウを変えていくような「マーケットイン」のやり方ではなく、”モード”を創り、新しいマーケットを創りだす「マーケットプル」のやり方を示しているのだろう。

フリューでは、既存のマーケットに合わせるわけでないから、平均的な女性を調査する必要がないのだろう。それよりも、新しいマーケットを作るためには、先導的な、プリクラハッカーのような偏った女子高生との関わりを、重要視した方がよいと考えているのではないか?

新本氏が、パリコレのようなやり方を意識するきっかけになったのは、先に述べた、企画の女性の「CHANELのような機械」という発想に始まった『LADY BY TOKYO』の成功によると言う。

「“今後のプリクラはこうあるべき”という新しい切り口での提案を行うことができた。この成功により、そういった企画の検討をより意識するようになっている。ユーザの意見や要望を聞いて作っても、既存の機械の改善だったり、良いところの寄せ集めのような機械ができるだけ。企画者達は、“こういう機械を作ったら、ユーザは絶対についてきてくれる!”と自信を持てる、時代を変えるような新しい提案ができるように常に考えています。」

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LADY BY TOKYO

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女子高生を惹きつけるプリクラの技術経営 ~第3回先導的ユーザとのネットワーク

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 1995年に誕生し、17年以上もの間、その時々の女子高生から支持され続けてきたプリクラ機。プリクラ機の中核にあるのは、ユーザの理想とするイメージを作る「技術」。プリクラメーカーはどのようにして、女子高生の理想を「技術」に変えてきたのか?プリクラメーカーでトップシェアを持つフリュー株式会社への取材から明らかになったことを中心に、全4回にわたってお送りしている。

 


 

第3回は、フリューで行われるグループインタビューや、アミューズメントマシン業界展示会を取材し、わかったことを紹介する。フリューとプリクラユーザとの関係に注目をした。

 


 

■ ディープなグループインタビュー

第2回で紹介したようにフリューでは、初期は、プリクラの開発を全て男性技術者のみで行っていたが、2005年~2006年頃から、女性が企画者として開発をリードするようになっていった。フリューでは、かつてから週に1回以上の頻度で、女子高生を集めたグループインタビューを行っていた。しかし、女性が開発をリードするようになって、グループインタビューの意味が大きく変化していったと、プリクラ部門を統括する新本氏は言う。

「男性が企画を行っていた時のグルインは、女子高生の言葉を、そのまま技術に翻訳するような作業だった。しかし女性が企画するようになって、女子高生の意見や評価は聞くけれど、それはあくまで確認作業であって、結局、企画者が自分の考えで作るようになった。」

グループインタビューの様子を、実際に見せてもらった。そこには、驚く光景があった。グループインタビューに集まるのは、平均的な女子高生達かと予想していた。なぜなら、フリューのプリクラ機は全国の隅々まであるゲームセンターに設置され、その全ての女性を知るための、マーケット調査をするのだと思っていたからだ。しかし、そこに集まっていたのは、平均的とは言い難い女子高生達だった。

グループインタビューの内容は、開発段階の機械と、既存の機械と比較するというもの。フリューの企画者が近よってたずねると、彼女達は、新しいプリクラが印刷した写真をじっと見つめながら、「眉の濃さは、前の○○だと普通に化粧すると消えてしまうくらいだったけれど、今回のは消えなくて良い」「前の△△は、つけまつげの向きがはっきり見えなかったけれど、今回のは見えるから良い」と次々と評価をしていった。そして企画者と女子高生との話題は、私もついていかれないほど、細部の評価へと続いていった。

彼女達はプリクラの画像処理を知り尽くしている。画像処理に不足があれば、自分の化粧で補完する方法も知っている。まるで画像処理のプログラムまで理解している「プリクラハッカー」だ。彼女達は、フリューの企画者が離れている間は、ずっと手鏡に向かっている。鏡を見て、前髪をなおし、化粧をなおし続ける。自分の見え方に、特別に意識が高い人達のようである。

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女子高生を惹きつけるプリクラの技術経営 ~第2回女性企画者と男性技術者

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 1995年に誕生し、17年以上もの間、その時々の女子高生から支持され続けてきたプリクラ機。プリクラ機の中核にあるのは、ユーザの理想とするイメージを作る「技術」。プリクラメーカーはどのようにして、女子高生の理想を「技術」に変えてきたのか?プリクラメーカーでトップシェアを持つフリュー株式会社への取材から明らかになったことを中心に、全4回にわたってお送りしている。

 


 
第2回は、フリューでプリクラ事業を統括する新本祐一氏へのインタビューを紹介する。フリューの流れを変えた出来事について、お話をうかがった。

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フリュー株式会社

常務取締役/業務用ゲーム事業部事業部長

新本祐一氏

 


 

■ 男性だけのプリクラ開発

現在、フリュー株式会社(以下、フリュー)で、プリクラ事業部門の統括をする新本氏は、元はオムロンの研究者であった。

「長い間、オムロン中央研究所で、光センサを用いた様々なシステムの研究開発に携わっていた。しかし、もっとユーザに直接喜んでもらえる技術の開発に関わりたいと思い、エンタテインメント事業部への移動を希望した。」

新本氏がエンタテインメント事業部に移動したのは2002年のこと。その後すぐの2003年、ナムコから初めての顔認識機能を持つプリクラが生産されて大ヒットするが、オムロンからは大きなヒット商品は生まれていなかった。

新本氏は移動直後からプリクラ機の企画を担当した。フリューのプリクラの開発は、企画部門と技術部門によって構成され、当時は機種ごとに、リーダーである企画者1人、技術者が複数つく、シンプルな体制だった。フリューでは、当時から今でも、新機種を1年に3回、春夏冬に発売する。新本氏は春発売の機種のリーダーを、その後、約3年間つとめた。当時のオムロンのプリクラ事業を振り返ってもらった。

「当時のプリクラの開発は、全て男性で行っていた。オムロンの企業文化を引き継いで、社員自体が技術系の男性ばかりだったので、プリクラに関わるのも必然とそうなっていた。技術者は、自慢の技術を詰め込んだ機械を作りがちになる。例えば、2005年に作った『ファンキーハイ』いう機械は、床の高さが変えられたり、撮影する時に風を吹かすことができたり、新しい機能をたくさんつけた機械だった。しかし売れなかった。2005年は、夏の機械も冬の機械の売上が悪く、このままでは会社がなくなるのではというくらいの危機になった。」

そこで新本氏は流れを変えるべく、担当した2006年春発売予定の『姫組』という機械では、企画開発の方法をそれまでと全く変えることに挑戦した。

「技術よりもコンセプトを大事にする方法を探った。それまでの企画開発は、まずバラック(仮に立てる機械)を作り、それをユーザに見せて意見をもらったら、一度壊して、再び改良したバラックを作り、またユーザ見せて、と作っては壊しを何度も繰り返して、最終形を作り上げていっていた。コンセプトは、作りながら決まっていくという感じだった。しかし『姫組』では、作る前にコンセプトを考え抜き、その過程ではユーザの意見ももらうが、コンセプトを決めて作り始めてからは、一切ユーザの意見は入れず、最終形まで作り上げることにした。機械に世界観を持たせたかった。結果的に『姫組』で、それまでの売上低迷を抜け出すことができた。この生産工程が、現在にも続いている。」

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女子高生を引き付けるプリクラの技術経営 ~第1回プリクラトップシェア企業


1995年に誕生し、17年以上もの間、その時々の女子高生から支持され続けてきたプリクラ機。プリクラ機の中核にあるのは、ユーザの理想とするイメージを作る「技術」。プリクラメーカーはどのようにして、女子高生の理想を「技術」に変えてきたのか?プリクラメーカーでトップシェアを持つフリュー株式会社を取材して明らかになったことを中心に、全4回にわたってお送りする。

 


 

■ 女子中高生が支持する機械

繁華街のゲームセンターには、女子中高生を中心に人気の撮影マシン(通称「プリクラ」)が何種類も並んでいる。見た目は、どれも直方体の筐体に包まれた、似たような機械。若い女性達は、これをどのように選んでいるのだろうか。

現在プリクラを生産しているメーカーは「バンダイナムコ」、「メイクソフトウェア」、「フリュー」、「辰巳電子工業」、「IMS」の5社である。それぞれのメーカーが、独自の“機種”を作り上げている。業界誌『アミューズメントジャーナル』に毎月掲載されている、利用者数上位5機種は、毎月、フリューとメイクソフトウェアの機種で構成されている。

ユーザの女子中高生達に好きなプリクラ機を聞くと、例えば2012年11月~2013年1月くらいでは、『GiRLS’ PHOTOGRAPHER』か『OH ! MY GIRL』という2つの答えに分かれ、前者がフリューの機種、後者がメイクソフトウェアの機種であり、両社が2大勢力であることがわかる。マーケットシェアとしては、フリューが5割以上のトップシェアを占めていると、業界では知られている。

好きなプリクラ機を答えてもらった女子中高生達に、その理由を聞くと、多くの人が「うつりが良いから」と答えた。ここでいう「うつり」とは、「カメラ写り」の「写り」とはちょっと違う。普通「写り」とは、カメラの「光学処理」技術だけで作るものだが、プリクラでいう「うつり」とは、カメラの「光学処理」技術とコンピュータの「デジタル画像処理」技術の両方で作るものである。「カメラが撮影する実際の姿」と「写真に出力される姿」との差は全て「うつり」である。プリクラユーザがプリクラを利用する目的は「実施よりも理想的な写真を作る」ことにあるから、「うつり」を作ることはプリクラの中心的機能である。

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話を聞いた女子中高生の意見をもとに、プリクラメーカー5社の機械の特徴を、私は次のように分析した。辰巳電子工業は、「うつり」技術よりも、周辺的機能を重視した機械を作る。例えば、ユーザが自由に文字やイラストを合成できる機能や、ユーザの携帯電話へ画像を転送する機能などでは、新しい試みをする。バンダイナムコとIMSは標準的な機械を作る。フリューとメイクソフトウェアは、「うつり」技術において、高性能な機械を作る。そしてフリューは、それに加えて、新しい設計思想の「うつり」技術を取り入れた機械を作る。

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その典型的な例が、2011年の『LADY BY TOKYO』という機種だ。当時のプリクラはどの機種も、目が他のパーツよりも極端に目立つように、画像処理をしていた。そのため出力された写真は、誰が見てもプリクラで作ったとわかるものだった。しかし『LADY BY TOKYO』は、ユーザの理想とする顔に変換するものの、目ばかりを目立たせることのない、顔の全体感を大事にする画像処理を行った。その結果、文字やイラストを合成しなければ、普通のカメラで成功したと見まちがう「うつり」になった。この機械は大ヒットし、その後はどのメーカーも似たような画像処理の機械を生産し、2013年3月現在もそれがプリクラの標準になっている。

このようにプリクラ業界では、一社から新しい設計思想の機械が生産され、ヒットすると、他社も追いかけ、プリクラの新しい様式となる。新しい様式が「2年くらいごとに生まれる」と業界では言われている。2003年はナムコ、2009年はメイクソフトウェアから新しい様式が生まれたが、それ以外は2006年も、2007年も、2011年もフリューから新しい様式が生まれている。

女子中高生が最も支持するのは、フリューの機械のように、プリクラの周辺的機能ではなく、中心的な「うつり」技術において高性能の機械であり、さらに新しい設計思想を提案するような機械である。フリューとはいったいどのような企業だろうか?

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「プリクラ」と「自撮り」のビューティーハッカー 大賀彩貴さん

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画像処理で作る個性

2012年に行われた『ヒロインフェイスコンテスト』オーディション。26万人の応募者の中から、最終選考会に残った20名の中に大賀彩貴さんがいた。『ヒロインフェイスコンテスト』とは、ゲームセンターにある撮影マシーン(通称「プリクラ」)で撮影した写真を応募するオーディションである。プリクラは画像処理で、目を大きく、肌を白く、顔を小さくなど変換した写真を出力する。つまり、このオーディションは史上初、画像処理で美しく変換した写真での応募し、選考することを前提としたオーディションであった。

彼女は入賞はしなかったが、彼女の芸能事務所のスカウトに向けて行う自己アピールが、私には印象的だった。大半の参加者が歌やダンスを披露する中、彼女は、まず「私の夢はずっと“自分らしく”いること」と言った後、自分で大判印刷した、3年前のプリクラの写真と、今回のコンテストで選ばれたプリクラの写真を掲げた。3年前の写真は、今と比べて暗い印象だったが、それを否定するのではなく、「プリクラは良い時も悪い時も“自分らしさ”を記録する。だからプリクラが大好き」と肯定的に言った。

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くり返すが、プリクラが作る写真は、画像処理で変換した顔であり、実際の顔ではない。一般的に言えば、画像処理を施した顔写真は、機械によって均一化された、最も“自分らしくない”顔と考える。それを“自分らしさ”と呼ぶ彼女に、その理由を聞いてみたくて、実際に会ってみた。

大賀彩貴さんは、都内の美容専門学校に通う19歳。2012年の春に広島県から上京した。夢はエステ企業を経営すること。そのために「若い間に海外の美容を学ぶための留学もしたい」とも計画し、今はマナー検定、色彩検定、メイク検定、ファッション検定、エステティシャン検定など、資格試験に大忙しだ。いつか「日本を代表するエステ企業を経営して、本社を広島にする」という野望もある。


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