連続講座『「盛り」の誕生 ー女の子のビジュアルとテクノロジーの平成史ー』第1回~(2)イベサー・ギャルサーの構造


■イベサーで求められる4つの価値観

久保 サークルの目的は、イベントの開催なのですよね?

荒井 そうです。イベサーの説明をしますね。先ほど成立の経緯を話しましたが、まず「サークル」をすごくシンプルにいうと、「繁華街でたむろしながらクラブイベントを行う、ギャルやギャル男と言われる若者たちの集団」のことです。多くのイベサーが目指すのは「自分たちが単独で行うイベントを、他のサークルよりも大きくてイケてるクラブで行い、自分たちと同じようなイケてる人たちを多く集めること」や、「複数のサークルが集まって行う合同イベントにおいて、自分たちのサークルが大きく取り上げられ、同じサークルのメンバーを高い役職につかせること」、それらの総合評価によって、自分たちがどれくらいイケてるのかを証明し、威信を獲得、保持することです。

久保 大きいクラブとか、集めるサークルの数とか、そこには、数値化できるくらい明確な評価の指標があったというのが興味深いです。

荒井 メンバーや来客者の質とか評価基準は色々あるのですが、わかりやすく数値化できるのは「集客数」くらいですかね。

久保 なるほど。「イケてる」というのはすごく曖昧な感覚だと思うのに、そこに数値化できるくらいの明確な基準が定められていたということに興味があります。

古田 一つの基準に、イベントパンフレットがあります。主催者は、イベントで配布するパンフレットの1頁を、たとえば15万円で各サークルに売ります。すると、サークルは15万円を出して1頁を買います。なぜ買うのかと言いますと、自分のサークルが4頁やら8頁載っていたら、「このサークルはすごいサークルなんだ」と世間に知らしめることができるからです。荒井さんが所属していたサークル『ive.(イヴ)』はとても資金があったサークルでしたので、8頁ほど買っていたりもしていました。荒井さんも15万円使って、お一人で1頁載っていましたよね。

荒井 そうですね、みんなが筆頭にしてくれました。今、お話にあったように、パンフレットの枚数や取り上げられる面積も数値化できるかもしれませんね。当時「資金力がある」ということは、それだけ人やお金を集められること、そして、これから述べさせていただく、サークルの価値観に根付いた力をもっていることも意味していました。サークルに求められるものとして、「仕事」「チャラい」「オラオラ」「強め」という4つの価値観があります。

まず1つ目の「仕事」とはサークルの運営に結びつく力です。メンバーやお客さんとして、イケテル人をたくさん集めたり、他のサークルとの協力関係を結ぶこと、イベントをうまく成功させたりできる能力として重宝されます。もちろんイベント運営の仕事能力も含まれるのですが、なによりも重要視されるのは、高いコミュニケーションスキルが求められる労働を、勤勉に行うことです。

2つ目の「チャラい」。言い方は良くないですが、キャバクラ嬢やホスト、スカウトマンのように異性を魅了してうまく自分たちの利益に結びつける力があることを指します。これは、戦略的に異性愛を利用する能力です。単にチャラチャラしているだけでは、低い評価しか得られません。また、表立って特定の異性に執着をしすぎることもあまりよしとはされません。そして、自らの欲望に従うのではなく、軽く見られないようにし、時には禁欲的になりながら、異性愛を利用したり、異性とうまく関係を構築することが高い評価の対象となります。
3つ目の「オラオラ」は、強そうであったり、悪そうである、またそのように見せながら、逮捕されないギリギリの範囲のことができることを指します。つまり、暴力や違法行為といった反社会性を経歴を傷つけない範囲で利用ができること、そして、畏怖の感情を他者にもたらすことです。

最後の「強め」は、ぶっ飛んだファッションや発想、行動ができ、ド派手であること。脱社会性のある発想や行動、ファッションができることですね。そして、このような、能力は誰も考えていないような新しい発想やアイデアを実践していく力、そして目立つことによりチャンスを得ることにも結びつきます。

奈々恵さんのサークルはまさに「強め」という価値観において特化して高い能力を持ったギャルサーでした。まず、『Angeleek』の「強め」はファッション面で表れます。彼女たちは、ものすごく強めなヤマンバに近いファッションを貫いていました。あそこまでメンバー一人一人にまで徹底して、肌の黒さと派手さを追求させ続けたギャルサーは他には知りません。しかも、ヤマンバファッションブームが去った後、マンバという新たなリバイバルファッションが流行るまでの間も、『Angeleek』は、そのファッションを貫き続けました。ヤマンバが絶滅しないで、その後のマンバまで引き継がれた背景の一つとして、『Angeleek』をはじめとしたリアルなヤマンバがセンター街に存在し続けたこと、その役割は大きいと思います。

また、『Angeleek』のすごいところは、渋谷や雑誌の流行だけではなく、一般マスメディアが求める渋谷の若者像というものを戦略的に把握し、それに合った「ヤマンバ」ファッションをし続けということです。その結果、頻繁に一般メディアにも取り上げられ、ドラマ『ギャルサー』のモデルになったといわれるように、一般人からの認知度も含めて、とても目立つことに成功したギャルサーだと思います。そして、彼女たちはただ単に、一般メディア受けするギャルサーだったわけではありません。サー人の求める「強め」さもきちんと持っています。それは多くの渋谷のサー人たちが評価する、ギャルらしさでもそうですし、パンフレットなどでの取り組みも挙げられます。

『Angeleek』のイベントパンフレットは『egg』を徹底して完コピするというものでした。この完コピ具合も本当にすごいのですが、僕が特にすごいと思う「強め」さは、パンフレットのページに細かい文字を詰めるという新しさです。実はこういった細かい文字を詰めるということは、今まで技術的にできないと思われていたのですが、このパンフレットではそれをやってのけています。細かい文字をパンフレットに詰めるという文化の普及には、『Angeleek』のパンフレットが果たした役割は相当大きいと思います。『Angeleek』が細かい文字を載せるということを教えてくれた後、色々なサークルが真似して、細かい文字を載せるようになりました。また、当時は「ケータイ小説」ブームの時代でもあったので、ポエムのような自分語りの文章とも親和性があり、この細かい文字文化は広く浸透していきました。そういった様々な面で、『Angeleek』は「強め」を実践し続けていったサークルだったと思います。このように、サークルは新しい取り組みなどを含め、様々な複合的な要素が合わさって評価されます。

久保 DTP(デスクトップパブリッシング)の登場により、印刷技術が向上し、印刷代が安くなった時でもあったので、それが活用されたのですね。このパンフレットは大変な時間をかけて制作されているのでしょうね。

古田 2週間丸々缶詰になって、制作しました。

(3)「盛り」という言葉が生まれた背景に続く


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